東京高等裁判所 昭和56年(う)983号 判決 1982年12月13日
本籍
東京都練馬区西大泉町一九七六番地
住居
同都同区同町三丁目二九番一一号
会社役員
河野利夫
昭和五年三月二五日生
右の者に対する法人税法違反、詐欺被告事件について、昭和五六年三月二七日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、検察官宮本喜光出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
原判決中被告人に関する部分を破棄する。
被告人を懲役二年六月に処する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人寺尾正二、同新井旦幸、同河本仁之、同島村芳見連名の控訴趣意書及び控訴趣意補充書(ただし、主任弁護人は、原判決の事実認定は争わない趣旨であり、事実に関する記載はすべて量刑不当の事情として陳述すると釈明した。)に、これに対する答弁は検察官宮本喜光作成の答弁書に各記載されたとおりであるから、これらを引用する。
所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当であり、特に原判示第二の詐欺事件については、被告人の共犯者とされたフジタ工業株式会社(以下フジタ工業という)の社員である岡敏晴、隣浩一郎、朝香駿児、片山正喜らは、原審において被害者のフジタ工業と各示談をしたうえ、全員刑の執行猶予の判決を受けているところ、被告人は原判決後においてフジタ工業に謝罪し、一億一、〇〇〇万円を支払って示談を遂げたこと、法人税法違反事件についても詐欺事件と同様に、被告人の会社がフジタ工業の専属下請業者として、同社の裏金作りのためひたすら協力すべき立場にあつたことが、本件発生に相当に影響していることも考慮すると、右共犯者らとの刑の均衝上からしても、被告人に対し刑の執行を猶予するのが相当である、というのである。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果を併せて検討すると、本件各事件の態様、犯情等については、原判決が(量刑の理由)として被告人につき説示するところとほぼ同様と認められるが、さらにこれを敷衍すれば、本件は土建業を営む株式会社河野商事の代表取締役である被告人(ただし、同社は実質上は被告人一人で経営するいわゆる個人会社であつた)が、大手建設業者であるフジタ工業株式会社東京支店の専属下請業者として事業活動中、同社から受注する正規の土木請負工事の施行のほか、同社の受注対策用の運動費等に向けられるいわゆる裏金の捻出のため、同社の求めにより同社と架空工事または代金水増しの工事請負契約を締結し、フジタ工業から河野商事に支払われる工事代金を、後者から前者に裏金として還流する方法により裏金作りに協力し、その架空工事代金等に見合う税金相当分が必要であるとして、還流額の約二割から一〇割相当の手数料をもらつて、これが河野商事の収入のかなりの部分を占めるようになつていたところ、かような背景事情のもとで被告人は右フジタ工業の裏金作りの方法に便乗し、同社の担当工事部長である岡敏晴、現場作業所長である朝香駿児、隣浩一郎、片山正喜らと各共謀のうえ、岡、隣、朝香らについては同人らがその立場上自由載量により使用できる手持資金を捻出するため、片山については被告人所有の住宅を片山に買受けさせる代金を捻出するため、前記裏金作りと同様の架空工事または代金水増し工事の請負契約締結の方法により、フジタ工業側の経理担当者をして正規の工事請負契約によるものと誤信させ、三回にわたりフジタ工業から合計三億二、〇〇〇万円余の金員を支払わせ、右岡らに各所要金額を割り戻したほか、被告人自身は支払い額の二割ないし六割の部分を、架空工事等による代金収入の税金相当分等と称して取得したこと、及び、以上の裏金作りまたはその便乗により、被告人ないし河野商事が得た利益は多大であったのに、河野商事の法人税に関し原判示第一のとおり、三事業年度にわたり虚偽過少申告による脱税をしたため、まず河野商事が法人税逋脱容疑で摘発されて捜査を受け、その捜査過程において被告人の詐欺事件の方も発覚したという事案である。
まず法人税法違反事件について見ると、本件は、逋脱税額が合計五億一、六一八万円余とこの種事件として稀に見る巨額である。もつとも脱税の手段はもつぱら架空経費の計上による簿外資金作りによるもので、単純、稚拙とはいえるが、被告人は昭和四六年ころから同様の手段を反覆、継続していて、しかも昭和五一年九月ころには所轄税務署の税務調査を受け、その結果相当の申告洩れが発覚し、修正申告をやむなくされ、その納税の資金としてフジタ工業から約五、〇〇〇万円を出捐してもらつたのに、これを一括納付することなく一部納付しただけで引き延し、その後も平然として以前と同様の手段により虚偽過少申告による脱税を繰り返していたもので、その納税意識の稀薄さはまことに顕著なものがある。また脱税の動機についても、被告人は、フジタ工業側と多額の裏金の関係で指示を受け、または相談をしたうえで申告する必要があつたのにその機会を失したためであると弁解するが、それは、すでに本件三事業年度の虚偽過少申告がなされた後、昭和五三年七月に河野商事に対し国税局の査察が入つた後において、被告人が修正申告をどのように行なうかについてフジタ工業側と相談する必要があつたというに過ぎず、虚偽過少申告をした動機は、やはり原判決の説示するように個人会社的な河野商事を、動的にも人的にも拡充、発展させるための資金蓄積の目的であつたと認められるから、これをもつて特に酌量すべき事情とするには足らない。特に被告人が税金納付分が必要であるとして、フジタ工業から前記のように手数料の支払いや資金援助を受けていたのに、同社の信頼に反しその約束どおりに実行していなかつた点は、被告人の自己中心的な貧欲さを示すものである。そして、近時における巨額脱税事犯に対する社会的非難が強まりつつある社会情勢にも照らすと、被告人の罪責は重大というほかはなく、法人税法違反事件だけでも、刑の執行を猶予するのを相当とする事案とは認め難いところである。
次に詐欺事件について見ると、被告人はフジタ工業に対し、大手元請業者対下請業者という、一般的には支配、従属的な立場にありながら、同社東京支店の幹部職員である岡敏晴らに対し、定期的に多額の小遺銭を贈るなどしてその歓心を買い、フジタ工業の裏金作りに最も多用されたこともあつて、当初は還流額の二割程度の裏金作りの手数料が後には一〇割の高率にも及んでいたが、被告人はなお満足せず、前記のように岡、隣、朝香らに対しては、同人らが自由裁量で使用できる資金を、片山に対しては被告人からの住宅買受けの代金を、いずれも前記フジタ工業の裏金作りに便乗して捻出することを慫慂し、同人らをしてこれを承諾させて共謀を遂げたこと、被告人は本件詐欺の各犯行を最も積極的に推進し、実行させているのであって、(この点、所論のように消極的、受動的に加担したものとは認められない。)右犯行につき主導的立場にあったうえ、犯行による利得額も、朝香の約一、二〇〇万円、岡の約六、二〇〇万円、隣の約五、〇〇〇万円、片山の約二、〇〇〇万円に対し、約一億七、九〇〇万円の多額に及んでいるのである。以上の犯行関与の地位、役割及び犯行による利得額等からすると、被告人は本件詐欺事件の関与者中犯情、罪責とも最も重いといわざるを得ないのであって、しかも原審判決当時まで、詐欺の犯意を争って被害弁償にも努力しなかったことに鑑みると、原判決が各犯情の重い各法人税違反事件と各詐欺事件を併合罪として被告人を懲役三年六月に処したのは、その時点においては相当であって、これが不当に重いということはできない。
しかしながら、原判決後において、被告人は改めてフジタ工業に対し謝罪の意を表明し、一億一、〇〇〇万円を支払つて示談を遂げ、同社の宥恕を得ていること、本件の発覚によるフジタ工業の信用失墜も時日の経過等によりほぼ回復したと見られる一方、被告人河野商事の長期間の休業とこれに伴う謹慎によりそれなりの社会的制裁を受けたと見られること、及び詐欺事件の共犯者らが原審において全員刑の執行を猶予されていること等の事情に鑑みれば、現時点においては所論のように刑の執行猶予を相当とするとまでは認められないが、原判決の量刑はその刑期の点で重過ぎて不当であり、これを破棄しなければ明らかに正義に反すると認められる。
よつて、刑訴法三九七条二項により原判決中被告人に関する部分を破棄し、同法四〇〇条但書により被告事件につきさらに判決をする。
原判決が認定した事実中、第一の各事実は、いずれも行為時においては昭和五六年法律第五四号、脱税に係る罰則の整備等を図るための国税関係法律の一部を改正する法律による改正前の法人税法一五九条一項に、当審判決時においては右改正後の法人税法一五九条一項に該当するので、刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、所定刑中各懲役刑を選択し、第二の各事実はいずれも刑法六〇条、二四六条二項に該当するところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、刑及び犯情の最も重い第二の二の詐欺罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で前記犯情に鑑み被告人を懲役二年六月に処し、原審における訴訟費用は刑訴法一八一条一項本文により、全部これを被告人に負担させることとする。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 海老原震一 裁判官 和田保 裁判官 新田誠志)
○ 控訴趣意書
法人税法違反・詐欺
被告人 河野利夫
右被告人にかかる頭書控訴事件について、弁護人は、つぎのとおり控訴の趣意を述べる。
昭和五六年一二月二一日
主任弁護人 寺尾正二
弁護人 新井旦幸
弁護人 河本仁之
弁護人 島村芳見
東京高等裁判所第一刑事部 御中
目次
まえがき
第一点 事実誤認
第一 原判決と控訴理由
一 原判決の要旨
二 原判決に対する控訴理由
第二 弁護人の控訴趣旨の骨子
一 原判決の問題点
二 被告人には詐欺の犯意のないこと
第三 表参道作業所関係事件(判示第二の一の事実)
一 原判決の問題点
二 被告人には詐欺の犯意がないこと
三 弁護人の主張する真実の事実関係の大要
第四 環八作業所関係事件(判示第二の二の事実)
一 原判決の問題点
二 被告人には詐欺の犯意がないこと
三 弁護人の主張する真実の事実関係の大要
第五 小石川作業所関係事件(判示第二の三の事実)
一 原判決の問題点
二 被告人には詐欺の犯意がないこと
三 弁護人の主張する真実の事実関係の大要
第六 被告人の捜査段階における供述は信用性がないこと
第七 本件詐欺の各事実についての結論
第二点 量刑不当
一 原判決の量刑は不当である
二 結論
まえがき
一 法人税法違反については事実関係について争いがなく、詐欺の点について被告人において犯意のないことを主張しているので、本控訴趣意書においても、判示第二について事実認定を争うものである。
二 而して、原審における量刑についても、被告人および弁護人らは、被告人の無罪を確信しそれに向かって立証していく所存であるが、貴裁判所が事実審の最終審であることにかんかみ、後記「第二点量刑不当」の項のとおり、万一の場合をおもんばかって当審においてフジタ工業(株)との間に示談を整えるなど控訴審における新らたな事情も御酌量賜わり寛大な判決を願うものである。
第一点 事実誤認
原判決は、被告人がフジタ工業株式会社の協力会社として、フジタ工業の担当者の指示のもとに受注対策費等の裏金作りに協力する意思で協力したところ、それが詐欺罪に当たると認定したが、この認定は被告人に詐欺の犯意を認めた点において事実を誤認したもので、刑訴法三九七条一項、三八二条により破棄を免かれない。
第一 原判決と控訴理由
一 原判決の要旨
被告人に対する詐欺被告事件に対する原判決の要旨は、つぎのとおりである。
(一) (表参道作業所関係―被告人河野、同岡の犯行)
被告人河野、同岡は、フジタ工業が帝都高速度交通営団から受注した地下鉄表参道駅構築等の工事である「営団地下鉄一一号線表参道四A工区工事」に関し、フジタ工業東京支店土木工事部表参道作業所長として下請業者に対する右工事の発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していた分離前の相被告人朝香駿児と共謀のうえ、フジタ工業から工事代金の支払名下に三〇〇〇万円余を騙取しようと企て、朝香において、昭和五一年九月一五日ころから同年一一月一五日ころまでの間、前後三回にわたり、東京都渋谷区千駄谷三丁目一三番一八号WDIビル内所在のフジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長等を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、河野商事が右工事に関し下請施工した工事名「青山パーキング跡地掘削、残土処分等」なる工事(契約番号三六一―〇一)ほか五件の工事について、その実際出来高か合計五四八一万一〇〇〇円にすぎないにもかかわらず、河野商事が施工した実際出来高かあたかも合計八五四六万円であったように装い、かつ受領する工事代金中右差額相当分の金員は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、河野商事作成名義の右工事代金の合計が八五四六万円となる各請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右各請求額に相応する所定の工事出来高があった旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よってフジタ工業から同都練馬区東大泉五〇九番地二七所在の富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに同年一〇月一五日五三五六万九七一八円、同年一一月一五日六九二二万六七三四円、同年一二月一五日五一〇七万二〇〇〇円の各振込送金を受け、また、被告人河野において、同都渋谷区千駄谷四丁目六番一五号フジタ工業本社において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに同年一〇月一五日額面合計一六一三万円、同年一一月一五日額面合計二三七七万円、同年一二月一五日額面合計一一八二万円の各約束手形の交付を受け、もって右実際出来高との差額三〇六四万九〇〇〇円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得
(二) (環八作業所関係―被告人河野、同岡、同隣の犯行)
被告人河野、同岡、同隣は、共謀のうえ、前記「環八幹線その二工事」に関し、フジタ工業から工事代金の支払名下に二億五〇〇〇万円余を騙取しようと企て、被告人隣において、同五二年八月六日ころから同年一〇月六日ころまでの間前後三回にわたり、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は河野商事をしてそのような工事を施行させる意思がなく、かつ受領する工事代金は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、あたかも前記「環八幹線その二工事」の関連工事であるように仮装して河野商事に対して工事名「立杭工事」ほか三件の工事(工事代金合計二億五二四〇万円)を発注する手続をされたい旨内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付し、同年八月一一日ころから同年一〇月二六日ころまでの間前後四回にわたり、情を知らない右調達課員をして、河野商事に対し右各工事を発注させるなどしてその旨の工事契約を締結させたうえ、同年八月一二日ころから同年一二月一五日ころまでの間前後五回にわたり、被告人隣において、前記フジタ工業東京支店において、同支店工務部工務課長等を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、その事実がないのにあたかも河野商事か右発注にかかる右「立杭工事」ほか三件の工事を完工したように装って、河野商事作成名義の右工事代金合計二億五二〇四万八五〇〇円請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右請求額に相応する所定の工事出来高があった旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よって、フジタ工業から、前記富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに同年九月一六日八五九四万一七一〇円、同年一〇月一五日九六一二万一〇〇〇円、同年一一月一五日九九九六万二〇〇二円、同年一二月一五日一億一〇九二万九六〇〇円、同五三年一月一七日七四一四万八八〇〇円の各振込送金を受け、また、被告人河野において、前記フジタ工業本社において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに同五二年九月一六日日額面合計二四九四万円、同年一〇月一五日額面合計二七一七万円、同年一一月一五日額面合計二七〇〇万円、同年一二月一五日額面合計三三三〇万円、同五三年一月一七日額面合計二九二七万円の各約束手形の交付を受け、もって右二億五二〇四万八五〇〇円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得、
(三) (小石川作業所関係―被告人河野の犯行)
被告人河野は、フジタ工業が東京電力株式会社から受注した高圧電線の管路新設等の工事である「練馬・九段線管路新設工事(第四工区)」に関し、フジタ工業東京支店土木工事部小石川作業所長として、下請業者に対する右工事の発注及び工事代金支払の査定等の業務に従事していた分離前の相被告人片山正喜と共謀のうえ、フジタ工業から工事代金の支払名下に四〇〇〇万円騙取しようと企て、片山において、同五三年三月二二日ころ、前記フジタ工業東京支店調達部調達課あてに、真実は河野商事をしてそのような工事を施行させる意思がなく、かつ受領する工事代金は被告人らにおいてほしいままに利得して費消する意図であるのにこれを秘し、あたかも右工事の付帯工事であるように仮装して、河野商事に対して工事名「建設省官舎及天竜木材社宅防護注入に伴う布掘及仮復旧工」なる工事一式(工事代金四〇〇〇万円)を発注する手続をされたい旨の内容虚偽の工事契約締結検討資料である調書・見積比較表等を作成送付し、同月二五日ころ情を知らない右調達課員をして、河野商事に対し右のとおりの工事を発注させる等してその旨の工事契約(契約番号〇四一―〇一)を締結させたうえ、片山において、同年四月一五日ころ、前記フジタ工業東京支店において、同支店工務部課長等を介して同支店総務部経理課長中村欣弥に対し、その事実がないのにあたかも河野商事が右布掘等の工事を完工したように装って、河野商事作成名義の右工事代金四〇〇〇万円の請求書(兼外注支払票)に情を知らない部下職員をして右請求額に相応する工事出来高があり、右工事代金全額が支払額である旨記載させて提出し、右中村をしてその旨誤信させてその支払手続を行わせ、よって、同年五月一五日ころ、フジタ工業から、前記富士銀行大泉支店の河野商事名義の当座預金口座に同社に対する他の正規の工事代金とともに四七三八万九五〇〇円の振込送金を受け、また、被告人河野において、前記フジタ工業本店において、河野商事に対する他の正規の工事代金とともに額面合計一三六〇万円の約束手形の交付を受け、もって右四〇〇〇万円と同額の預金債権及び手形債権を取得して財産上不法の利益を得たものである。
二 原判決に対する控訴理由
(一) 原審に於ける争点
フジタ工業に於ける裏金の必要性とその永年に亘る存在、被告人は昭和三七年頃からフジタ工業の専属下請業者として働き、裏金づくりに協力させられてきていた。そして、柴田進副支店長時代の昭和五一年中の裏金づくりの合計金額は七八〇〇万円であったこと、伊藤晴芳が柴田進の後任としてフジタ工業東京支店長に就任直後同業の鹿島建設における約一〇億円の使途不明金の件が新聞にも報道され、受注活動費等を多額に使途不明金で処理し得なくなったことから、同副支店長は、受注活動費等を計画的に裏金をもって賄うことを考え、昭和五二年当初裏金づくりを各工事部長に割当指示するとともに、被告人にも直接協力を要請し、工事統括部長の岡敏晴からも協力方の要請を受けていた。このようにして被告人は、フジタ工業のために裏金づくりに協力し、その金額は三億数千万円に達した。このような経緯、背景の中で本件が行われたもので、下請の被告人としては、本件も、フジタ工業のための裏金づくりの一環として行われるものと信じ協力したものであって、フジタ工業の幹部社員である右岡、朝香、隣および片山らが、私腹を肥やす行為であるとの認識は全くなかったものである。従って、被告人には詐欺の犯意はないものである。
(二) 原判決の判断
原裁判所は、右のような争点について、大要つぎのような理由で被告人の犯意を認定して有罪とした。すなわち、「簿外資金であるか個人的利得を図った犯罪であるかは、資金の作出方法自体は全く同じで区別がつけにくく、また個人的利得を図った犯罪にしては被告人らの地位に比してその利得額が巨額であって、被告人らにこのような金を必要とした事情があったのかという疑問も存する(全二三冊のうち二冊、二〇丁裏四行目から八行目まで)としながらも、
(1) 被告人河野は、河野商事の設立前からフジタ工業の専属下請として主に機械掘削、残土処分等の仕事をしていたほかかねてからその要請を受け同支店土木部門における簿外資金作りに協力していたが、本件以前に作出した簿外資金の最高額は一〇〇〇万円程度のものであった。
(2) 被告人は、かねてからフジタ工業の工事部長や作業所長らに対し経済的援助の趣旨とともに河野商事に対する好意的取り計らいを期待し、三〇ないし五〇万円前後のまとまった金員を供与していたところ、昭和四四年ころからフジタ工業の将来を背負って立つ人物として高く評価していた被告人岡に対しても右の趣旨で時折五〇万円前後の金員を供与するなどして懇意となり、同五〇年ころからは同被告人から河野商事の工事単価を高くみて貰うなどして援助、面倒見を受けるようになり、それまでとは比較にならない程利益が挙がるようになり、同五一年三月ころからは、工事第一部長代理として工事現場の作業所を離れ、東京支店本部に常駐するようになった同被告人に定期的に毎月五〇万円を供与してその結びつきを深めていた。
(3) 而して、前記(一)の事実については
(イ) フジタ工業として当然容認される現場対策費の調達方法としてはあまりに隠密裏に事を連び、かつ均等分した額ずつ持ち帰っている点で不自然であり、ことに、現場対策費として作ったものであれば、当時作業現場を離れていた被告人岡がこれを保管すべき理由も必要も見出し難いこと、(ロ)被告人河野は、前記のとおり、当初河野商事の手数料分はいらない旨述べながら、後に手数料分として二割相当の六〇〇〇万円を必要とする旨要求しているのであるが、フジタ工業として容認される簿外資金であれば、その使途の如何にかかわらず当然に当初から二割前後の手数料が考慮され、これを含めて作出する簿外資金額が決定されるべきものであるところ、本件における被告人河野の右のような言動はその点で合理的な説明がつかないこと、(ハ)表参道工事における付近住民との補償問題については既に三〇〇〇万円の補償予定金を積立てることにより当面の解決をみているのであって、さらに当時三〇〇〇ないし二四〇〇万円もの現場対策費を必要としたさし迫った事情は見出せず、かえって前記のとおり、朝香はその保管金の殆どを表参道作業所職員等の新宿や六本木等のバーやキャバレーにおける飲食遊興費等に費消し、被告人岡もその保管金を表参道の現場対策費等に使用してはいないことが明らかであること、(ニ)また、朝香は、昭和五二年四、五月ころ、被告人岡を通じ、同河野から本件資金作りその他の清算関係につき疑念を持たれ、被告人岡の指示で同五一年九月から同五二年四月までの間の表参道工事における河野商事関係の実工事、簿外資金、本件資金等の明細についての表(被告人河野関係につき押収してあるメモ一通(写)(昭和五四年押第二〇三六号の7)、同岡の関係につき朝香の昭和五四年七月一二日付供述調書(添付書類とも六五枚綴りのもの)添付の無表題の表一枚)を作成し、これを被告人河野に示して説明し、その後同被告人はそれ以上朝香に対して疑念を表した形跡はないところ、右の表の「内訳その3」の欄には本件資金は簿外資金とは明確に区別して書かれており、このことは本件資金に対する当時の被告人らの認識内容を如実に物語るものと認められること、(ホ)被告人河野は長年簿外資金や現場経費の資金作りに関与しており、本件資金作りが従前のそれに比し、その作出過程、金額の点で著しく性格を異にするものであることを十分認識しうる立場にあったことの各理由を追加し、更に、捜査段階において被告人が自白していること、右自白の信用性のあることを付加し、
(4) 而して、前記(ニ)の事実については、「確かに、本件犯行当時工事第一部長をしていた被告人岡はともかくとしても、環八作業所のほか数か所の作業所長をしていたとはいえ一作業所長に過ぎない被告人隣には五〇〇〇万円もの大金を必要とする差し迫った事情は窺えないこと、被告人隣保管の五〇〇〇万円については、その中から被告人岡の指示により同被告人のもとに四〇〇万円が、福本のもとへ簿外資金として被告人岡を通じ一三〇〇万円万円がそれぞれ交付されたとみる余地があること、さらに、昭和五三年七月二一日河野商事に国税庁の査察が入った後、フジタ工業の柴田常務、伊藤副支店長らが被告人河野に対しフジタ工業に累が及ばないよう配慮を求め、また東京地方検察庁の捜査開始後の同五四年五月ころ、同社東京支店では中光部長が中心となり被告人隣ら河野商事を下請に使っていた作業所長を集めて対応策を協議し、簿外資金をできるだけ出さないよう指示がなされたことなどが認められ、これらの諸点からみて、本件が真に被告人らがフジタ工業から二億五〇〇〇万円もの金員を騙し取るつもりで行われたものか、それとも被告人らの弁解するごとく簿外資金作りであったのかは慎重な検討を要するところである。」としながらも、捜査段階において被告人が自白していること、右自白の信用性のあることを付加している(その他原審が縷々のべるところは、いずれも、実際に本件金員が一部岡、隣によって私消されたことを指摘しているのみで、下請業者の犯意の認定には影響を与えぬものである)
(5) 更に前記(三)の事実については、「確かに片山か同被告人に大阪在勤当時仕事のことで自宅を売却したかのごとき話をしたこと、片山は東京と大阪の二重世帯で早晩家族を呼び寄せるため家を見つける必要があり、伊藤副支店長や岡部長もこれを知って気にかけていたことは証拠上認められ、また同被告人の検察官にに対する前掲五月二九日付供述調書によれば、同被告人は捜査段階で当初、本件土地家屋売買代金捻出のための架空工事契約は、契約年月日昭和五三年三月一〇日、工事金額三七九〇万円、契約番号〇四〇―〇一であるとし、うち九九〇万円は別口の簿外資金であり、売買代金は一四〇〇万円でその手数料も一四〇〇万円である旨前記弁解に近い供述をしていたことが認められる。」としながらも、
(イ)フジタ工業において簿外資金、しかも二〇〇〇万円もの多額の簿外資金が一作業所長の全く私的な用途に使われることはそもそもありえないところである。(ロ)証人伊藤晴芳及び被告人岡は、公判延において、被告人河野に対し片山の家の件で面倒をみるよう頼んだことはない旨明確に否定している。(ハ)フジタ工業がこれを目して片山に借りがあると考えて、その家屋代金を支払ったうえこれに匹敵する額の手数料ないし税金相当分をも負担し、しかも大阪支店での出来事を全く組織の異る東京支店で穴埋めするなどということは、被告人河野の強調する土木業界の前近代的性格をいかに考慮に入れてもおよそ不合理であること(ニ)更に捜査段階における被告人の自白およびその信用性のあることを付加している(しかしながら一方において→本件資金調達の過程においては、片山の当時の直接の上司であった被告人岡の明示若しくは黙示の了解があった可能性が高いが、被告人岡がこれを了解していたとしても、同被告人にこのような目的で簿外資金を作出、使用することを了解する権限のないことは多数回はわたり簿外資金作りに関与したはかりか判示第二の一、二のとおり既に簿外資金作りの方法を利用し同被告人とともに同被告人らの個人資金の調達に関与した被告人河野が了知し得ない筈はなく、従って被告人岡が本件資金作りを了解していたとしても、それが被告人河野に対する詐欺の成否を左右するものでないことはいうまでもない。)
(三) 控訴理由
(イ) しかしながら、原判決は、以下に詳述するとおり、被告人の犯意の認定において、土木業界の前近代的性格、すなわち、工事の受注対策として政財官界の有力者に渡す、あるいは業界対策、そのほか会社が後援する政治家に対する献金、工事現場の沿道対策費、東京支店の冠婚葬祭等の慣行に基づく支出および設計変更を認めてもらうための運動費等として現実に裏金が必要であること、フジタ工業の工事部長、作業所長からの裏金づくりに協力せよとの命令は、即、フジタ工業としての意思であると被告人が認識していたことおよび、そう認識することが当然であると認められること、フジタ工業内部においてすら、担当工事部長の決裁印のある限り、請求書兼外注支払票が経理課においては、経理課長のチェックなしに支払が行われている事情にあり、すなわち、工事部長の信頼度は確立されているものであること、高等小学校卒業の素朴な下請業者である被告人河野が、フジタ工業の管理職的立場にある作業所長、工事部長の命令は、即、フジタ工業の命令であると認識することは当然として容認されるべきこと、しかも、下請業者である被告人において、これはフジタ工業の裏金ですか、工事部長や作業所長が独断でやっているものですか、とフジタ工業の副支店長、重役に尋ねることは決してできないことであったものであること、下請業者ほ税金問題にせよ、汚職事件にせよ泥をかぶって耐えることが、被告人の場合でいえば、フジタ工業という元請業者の下で生きる道であること等を看過し、信用性のない捜査段階における被告人の自白に、フジタ工業の影響下にある柴田、伊藤、岡、隣、朝香、片山その他の現職社員の身分をもつ各証人の証言を形式的に綴り合せて、被告人について詐欺の犯意を認定した点において事実誤認があり、この誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである。
(ロ) 刑の量定についても以下に述べる理由から、十分の御酌量を賜わり寛大な判決を賜わりたい。
よって原判決は、到底破棄を免かれないものと信ずる。
(編者注 以下登載省略)